I live for

退職するしか!苦悩する中堅社員!仕事と介護の両立は可能か?

      2015/11/24


顔を両手で覆った子ども

NHKニュース「おはよう日本」で、『”職場のリーダー”仕事と介護 両立のカギは』という特集を放送していました。

今年の9月に、国は新たな成長戦略として「一億総活躍社会」の実現にむけて「介護離職ゼロ」を目標の一つに掲げたようです。

特別養護老人ホームを増設し整備していく方針のようです。

仕事を継続するには、自分にかわって介護をしてくれる場所と人の確保が重要になりますね。

施設が増えて入居させやすくなることは、介護者にとってはありがたいことには違いないです。

でも問題はそんな簡単なことではないように思えます。

自分の経験、まわりの話しを参考にしながら考えてみたいと思います。

 

 

老人ホームで働く介護職員の実態

私が住んでいる地方は人口3万6千人ほどの小さな市です。

人口自体減ってきていますが、50年半世紀前に比べれば、20歳未満の人口割合が激減し、70歳以上の割合が急増しています。

そんなこともあってか、介護施設が大小たくさんあり、知人友人に介護関係の仕事をしている人がけっこういます。

青い車椅子

特別養護老人ホームに勤める近所の奥さんは、若い男の子が来てくれ助かったと言っていました。

施設の仕事では、資格云々よりも体力勝負なのだそうです。

自分で思うように動けないお年寄りをサポートするのは、女性には重労働のようです。

 

また、大晦日も正月も関係なく夜勤があって、それも一人で担当することが多く、責任もかなり重くなっているようです。

聞いてびっくりしたのは、病院や自宅ではなく、施設で最後を迎えられるお年寄りの方が多くなってきていているということです。

精神的にこれは相当キツイのだと知人がこぼしていました。

 

私の幼なじみは、根っから明るくてさっぱりとした性格なので、誰とでも直ぐにフレンドリーになれるようです。

個別の部屋を訪ねてもお年寄りと話しがはずむのだそうで、勤めている老人ホームでもけっこうな人気者なのだとか。

でも、上司から一人にそんな時間をかけていては他の仕事ができないと、よく注意とおしかりを受けたそうです。

人手がまったく足りていないのですね。

彼女は今別の小さな、もっと融通のきく施設で働いています。

 

介護の仕事は本当に大変です。

経験のある方ならよくお分かりのはずです。

もっと賃金のことや労働条件を改善すべきだと思います。

また介護だけではありませんが、携わる人の人格的なこと、考え方もとても大切だと思うことがしばしばあります。

大切な人の世話をお任せするのですから。

 

 

親が突然介護状態になった時

病院の廊下
私がまだ大阪に住んでいた時、田舎の父親が突然仕事中に倒れました。

生死の境をさまよいましたが、なんとか助かり、母が病院に四六時中付き添うことになりました。

私も仕事があり、顔を見に2泊3日で休みをとって帰省するのがやっとでした。

看病のなんの足しにもなれませんでした。

同居していた姉も仕事を持っていましたが、会社が勤務時間帯を融通してくれたので、母と交代しながら看病をしてくれていました。

平穏だった普通の家庭が、父が倒れたその日をさかいに歯車がかみ合わなくなっていったと思います。

私も姉夫婦も仕事をもっていたので、結局母一人に負担がかかってしまったと思います。

父は左半身にマヒが残りましたが、日に日に元気になってくれました。

でも、母は忙しさのあまり自分の体調の悪さを軽視してしまい、癌にむしばまれていることに気づくのが遅れてしまいました。

「助からないのか、死んでしまうのか。」強くたくましい仕事一筋だった父親の涙を、この時産まれて始めて私はみました。

親もいつまでも元気じゃないんだと思い、親孝行も今のうちだと一大決心で田舎に帰って来たのに、母親と過ごせたのはわずか4ヶ月あまりの時間でした。

不幸中の幸いだったのは、家族で田舎に引き上げてきたばかりの時で、まだ私が仕事についていなかったから、母の看病は私がずっと側にいてしてあげられたことです。

私や姉が仕事をしていなければ、もっと状況は違ったのかな、と思ったりもしました。

 

親を介護する立場になった時

姑が体調を崩し救急車で病院に運ばれました。

忘れもしない東日本大震災の一週間前の出来事でした。

この時から3年間の姑の入退院の生活がはじまりました。

老人ホーム

この後も3回救急車で運ばれ、90歳を超えた姑はそのたびに歩行のリハビリをしていました。

私も義姉もみんな仕事をもっていて、ずっと付き添ってあげることはできません。

仕事が終わってから病院へ見舞いに行く毎日。

姑は「1日仕事をして疲れてるんだから、早く帰りなさい。」と「寂しいからちょくちょく顔をみせてほしい。」が口癖でした。

にぎやかなことが大好きだった姑は、さぞ寂しかったことだろうと思います。

病弱になった年老いた親を、誰がどうやって看ていくのがベストなのか、親族で何度もいろいろな方向から話し合いをしました。

ゆくゆくは特別養護老人ホームにお世話になろうという結論になりましたが、どこもいっぱいで、いつ順番がまわってくるかわかりませんでした。

定年退職まであと数年だけど、仕事をやめないと家で看るのは難しいかもしれないと義姉も真剣に悩んでました。

もちろん経済的なことが一番の問題です。

ただ幸い、姑はとても気丈な人で、自分の足でトイレに行くことができたので、勤務時間を調整してもらいながら、在宅で義姉が看ることになりました。

姑がもっと重い要介護状態だったら、誰かが仕事を辞めざるを得なっかただろうと思います。

田舎では特に、歳がいってからの再就職先はありません。

親はどんどん年老いていきます、いつまでも元気ではありません。

いつ自分のみにおこるかわかりません。

あなたは、備えや覚悟はできていますか?

 

自分もそのうち介護される立場になる

車いすの夫婦
今は、助け合ったり頼りにできる兄弟姉妹もいるけれど、少子化で一人っ子の家庭も多くなっていますね。

これは子どもが家庭をもったときに、4人の親の面倒を看るようになるということですね。

かく言う我が家も一人息子!!

以前この息子に「なんで俺に兄弟をつくってくれなかったの。」と言われた事がありました。

この一言には息子のいろいろ複雑な思いが含まれていると思うのです。

小学生のころに言っていたのは、遊び相手・話し相手がただ単純にほしかっただけでしょう。

成人してから言ったのは、実家から遠くはられて就職した自分が、将来一人で親の面倒をどこまで看れられるんだろうかと思ったからでしょうね。

息子は仕事の関係で、田舎には帰って来られないだろうし、私たち夫婦も田舎を離れる気はまったくないですね。

主人と二人、「息子には迷惑をかけないように、自分たちでしっかり老後のそなえはしとこうね。」と話しています。

 

まとめ

家族が介護状態になったとき、自分が介護をうける立場になったとき、いずれにしても経済力が必要になってくると思います。

介護をしながらでも仕事を続けられる環境の整備、企業の取り組みは一朝一夕でどうにかなるような簡単なことではないでしょう。

突然ふりかかってくる介護の問題!

簡単に職場を離れることができないもどかしさ!

家族や自分が元気で若いうちに、しっかり備えをしておくにこしたことはありません。

 

在宅でパソコン1台あれば稼げるとしたら、どんな将来も安心かもしれませんね。

 


 - サラリーマン, ネットワークビジネス, 身体的 ストレス